国分寺跡:現国分寺(現唐尾山医王院国分寺)の参道に、金堂跡、塔跡等の石碑がある。昔の国分寺は江戸時代に土石流で流されて壊滅したが、伽藍を移し再建した。
国分尼寺跡:国分寺と共通の瓦が出土し近隣でもある、神辺町西中条の小山池廃寺にあったとされる。未訪問。
国府跡:現在の広島県府中市元町付近に所在したとされ、現在まで数度にわたる発掘調査の結果、2016年6月に国の史跡指定が内定した。
総社:小野神社境内社。元々別の場所にあったが、衰退して小野神社境内に遷座されたとされる。元の場所は不明。
Wikipedia(備後国)
2019年3月7日訪問
出張の翌日、安芸国庁跡周辺(府中町)、新高山城、三原城、備後国府跡周辺、一の宮吉備津神社、備後国分寺跡を巡った。
●フォトギャラリー 2015.02.06 ※クリックで拡大
国分寺跡と現国分寺
国府跡と総社(小野神社)
国分寺跡と国府跡地域とはずいぶん離れている。
国分寺地形区分は「丘陵地裾地」。
●地理院地図 ベクトルタイル地形分類
●地理院地図 地形図+色別標高図